【徹底解説】退職代行を利用すると損害賠償請求されてしまうのか?

【徹底解説】退職代行を利用すると損害賠償請求されてしまうのか?

退職代行を利用する場合のよくあるお悩み

「退職代行を利用して会社を辞めると、会社から損害賠償請求をされませんか」というご質問は、退職代行を利用されるかどうかお悩みの方から寄せられるよくあるご質問の一つです。

退職代行会社のホームページの「よくある質問」では、「損害賠償請求をされることはない」という回答がなされていることも多いです。しかし、どうしてそう言えるのか、理由の説明がないことも少なくありません。

また、ネット上では、退職代行会社を利用したけれども失敗した事例として、会社から損害賠償請求を受けたが、退職代行会社が何もしてくれなかったので、結局、弁護士に頼まざるを得なかったという話もあるようです。

そこで、今回は、「退職代行を利用したら損害賠償請求を受けるのか?」というご質問に対して、徹底解説します。

労働者の退職の仕方によっては、不法行為を認めた裁判例があることに注意

退職代行業者による解説をみると、「退職代行を使っても、損害賠償請求が認められることはない」と断言しているものもありますが、それは間違いです。

なぜなら、ケイズインターナショナル事件(東京地方裁判所平成4年9月30日判決)において、労働者の退職の仕方について「不法行為」を裁判所が認定し、70万円の損害賠償を命じた事案があるからです。

【ケイズインターナショナル事件の事案の概要】

  • 社員は、月額20万円の給与で入社したが、病気を理由に欠勤して、入社1ヶ月後に退職
  • 会社(インテリアデザインの企画設計の事業を行う)は、顧客との間で、インテリアデザイン契約を受注(月額60万円、契約期間2年間)
  • 社員が欠勤したことにより、インテリアデザインの契約が解約になってしまい、会社は少なくとも1000万円の逸失利益を失った(裁判所による認定)
  • 会社は、社員との間で、200万円を支払う合意をしたもの、社員が支払わないため、200万円の損害賠償請求をしたが、裁判所はそのうち70万円について、社員に対して損害賠償を命じた。

ケイズインターナショナル事件は、会社と社員の間で、社員が会社に対して逸失利益の一部である200万円の支払うという合意が存在するという意味で、やや特殊な事案です。

ただ、上記合意の有効性を論じる前提として、社員が会社に対して不法行為に基づく損害賠償義務を負担していることが前提となっていますので、社員の退職の仕方によっては、不法行為が成立し、社員に対する損害賠償を命じた「初めて」の裁判例(公刊物に掲載された裁判例)であるとされています。

仮に、社員の退職の仕方について、不法行為が成立しないと裁判所が判断したのであれば、いくら損害賠償の支払合意があったとしても、当該合意は、錯誤無効等の理由で無効という判断が出たはずです。

しかし、実際には、損害賠償の支払合意の有効性を認めた上で、会社側の管理責任等から、会社が社員に請求できる損害賠償を支払合意があった200万円から70万円に制限したという判決となっています。

ケイズインターナショナル事件を踏まえて、まとめると

  • 会社に損害を与えるような退職の仕方をすると、訴訟になった場合、損害賠償を命じられる場合がある。
  • 通常、会社が社員に対して損害賠償請求訴訟を提起することは採算にあわないことも多く、可能性は低い。しかし、会社が重大な損害を被った場合には、元社員に対して損害賠償請求訴訟を提起することは実際にある。
  • 裁判になった場合、会社に損害を与えるような退職の仕方をした場合、退職の自由があるという理由だけで全てが免責されるわけではない。退職の経緯(引継等も含めて)が論点になる。

ということになります。

損害賠償請求を受ける可能性は低いが、0ではない

もちろん、実務的には、会社が社員に対して損害賠償請求をする可能性は低いです。

なぜなら、会社が元社員を訴えるには、ハードルが高いからです。

例えば、会社が損害賠償請求訴訟をする場合には、弁護士費用等もかかりますし、実際に被った「損害」を証拠に基づいて立証する必要があります。また、仮に、裁判で勝ったとしても、元社員が判決に従わない場合は、元社員の財産を探して差し押さえをする必要があります。

こういったコスト(時間も含めて)を考えると、会社が元社員に対して損害賠償請求をすることは、経済合理性に合わないことが多いです。そのため、会社として「損切り」をして、元社員に対して損害賠償請求をしないという判断をすることが多いかと思います。

他方で、会社としては、元社員の行動によって多額の損害を被った場合には、損害賠償請求をすることがあります。

入社の際に、身元保証契約を結んでいる場合は、たとえ元社員に経済力がなくても、判決をとることによって、身元保証人に損害賠償の支払をしてもらうという対応がありあす。

また、たとえコストがかかったとしても、社内にケジメをつけるために、元社員に対して損害賠償請求をするという判断をすることがあります。

筆者は、東京で弁護士をしておりますが、社員が、業務上の引継もなく、突然「蒸発」してしまった事案で、会社の顧客との取引に重大な支障が生じたため、元社員の身元保証人から相当の額の損害賠償の支払を受けた事案があります。

 

また、会社が元社員に対して損害賠償請求訴訟をしてきた場合、会社にも弁護士費用が発生しますが、元社員にも弁護士をつけた場合には、弁護士費用の負担が発生することになります。

日本では、弁護士を付けなくても訴訟対応をすることは理論的には可能です。しかし、実際問題として、本人訴訟は、なかなか厳しいので、乱暴な退職をしてしまうと、(例え、訴訟で損害賠償支払義務がないという判断をもらって勝訴したとしても)後日の思わぬコストが発生する可能性は(高くはないにしても)あることになります。

ですので、退職代行を使って、乱暴な退職をしてしまった場合には、

  1. 会社から損害賠償請求を受けるリスク
  2. 会社から損害賠償請求訴訟を提起されるリスク
  3. 会社からの損害賠償請求訴訟を提起され、敗訴するリスク

があることについては、注意が必要です。

仮に元社員が裁判で負けた場合に損害賠償を命じられます。そして、仮に元社員が裁判に勝ったとしても、ご自身が選んだ弁護士の費用は負担する必要がありますので、ご留意ください。

損害賠償請求のリスクを回避するためには、会社に多額の損害を与えるような乱暴な退職をしないことが重要です。

そして、退職時に会社から損害賠償請求を受けた場合には、交渉をして損害賠償請求が難しい事案であることを説明して交渉をして、事案に即した妥当な合意で話をまとめることができれば、最善かと思います。

弁護士による退職代行サービスを利用すれば、仮に、退職時に会社から損害賠償請求を受けた場合でも、裁判例等に照らした適切な交渉をしてくれることが期待できるかと思います。

依頼を受ける弁護士の立場からすると、会社から損害賠償請求を受けて「こじれて」しまってからご相談を受けるよりも、会社から損害賠償請求を受けそうな事案の場合には、退職代行という形で最初から会社と交渉できた方が、うまくいく確率があがることが多いです。

以上をまとめると、

  • 会社が損害賠償請求をしてくる理由はいろいろありえる。費用対効果を最優先とする場合が多いが、必ずしもそうではない。
  • 退職する際には、会社に多額の損害を与えるような乱暴な退職はしないこと
  • 仮に、損害賠償請求を受けたとしても、会社と交渉をして妥当な結論で合意すること
  • 損害賠償請求リスクを減らすには、弁護士によるアドバイスを受けた方がよいこと。できれば、最初から、弁護士に会社と交渉をしてもらった方がよいこと

となります。

もちろん、会社に「多額の損害」といっても、「今辞められたら人手不足で業務が立ちゆかなくなるので、逸失利益の損害賠償だ」というような会社側の一方的な主張は、裁判所で認められる可能性は低いです。

ですので、会社側の一方的な「損害賠償請求」を必要以上に怖がる必要はありません。

ただ、会社側の「損害賠償請求」にも、裁判になった場合に認められる場合があるということは、注意して頂ければと思います。

損害賠償請求リスクを回避するためには何をすればいいのか

損害賠償リスクを回避するためには、必要最低限の業務上の引継をすることが最も有効です。

例えば、会社の金銭や契約、パソコンのデータ、会社の顧客とのやりとりの重要な情報については、会社に引継いだ方が、損害賠償リスクを減らすことができます。特に、社員の方「しか」知らない情報や、その社員の方「しか」持っていないもの(通帳や金庫の鍵やPCのパスワード等)については、業務上の引継をする必要性が高いと思われます。

 

ただ、退職代行を使って退職をする場合は、社員の方は会社(上司や社長)との関係がうまくいっていないことが通常です。

また、退職代行を利用せざるをえない状況に追い込まれていますので、精神的にも相当にまいっておられることも多いかと思います。

そうなると、ご自身お一人では、必要最低限の業務上の引継といっても、何が「必要最低限」なのかについて、判断することが難しい場合もありえます。

こういった場合は、退職代行サービスを提供している事業者に質問をして、損害賠償請求リスクを回避するためには、必要最低限の業務上の引継としてどこまでのことをすべきかについて、第三者の冷静な立場からのアドバイスを受けるのが効果的かと思います。

 

実際に、損害賠償請求をされた場合にはどうすればいいのか

退職代行を使って退職をするにあたって、必要最低限の業務上の引継を行えば、会社が損害賠償請求をしてくるリスクを減らすことができます。

しかし、リスクを「減らせる」といっても、0にすることはできません。会社が、(理由はどうであれ)損害賠償請求をしてくること「自体」を完全に防ぐことはできないからです。

もちろん、会社が損害賠償請求をしてきたからといって、元社員の方に損害賠償支払「義務」が直ちに生ずることもありません。会社の損害賠償請求について、法的な理由があるかどうか、理由があるとして裁判になった場合に「証拠」で立証できるかどうかは別の問題だからです。

ですので、会社が損害賠償請求をしてきたからといって、元社員の立場としては、「あきらめる」必要はありません。会社からの損害賠償請求の内容を分析した上で、有効な反論を行い、会社と交渉して対応すればいいのです。

ただ、ここまでの対応になると、弁護士ではない退職代行業者には、法的な知識や能力が不足していることが多いでしょう。何より、会社から損害賠償請求があった場合の対応を弁護士ではない退職代行業者が行ってしまうと、弁護士法違反(非弁行為)となってしまいます。

まとめ

以上をまとめると、

  • 会社からの損害賠償請求を受ける可能性は低いが、0ではない。
  • 退職の仕方が乱暴だと、元社員に損害賠償を命じた裁判例がある
  • 損害賠償請求リスクを減らすためには、必要最低限の業務上の引継を行うことが重要である。
  • なにが「必要最低限」の業務上の引継となるかは、退職代行サービスの事業者にアドバイスを受けるとよい
  • 仮に、会社から損害賠償請求を受けたとしても、法的な議論を行って「交渉」すればよい。
  • 損害賠償請求を受けた場合の「交渉」は弁護士でないとできない

ということになります。

 

ちなみに、退職代行サービスを使って対象をした場合に、損害賠償請求ではなく、懲戒処分(減給)を受けた事案があるということがネット上では散見されています。この点については、別途記事にしたいと思います。